ケミカルバイオロジーとは 研究室の方針 研究内容
ケミカルバイオロジーとは

 近年、ケミカルバイオロジー(Chemical Biology)と名付けられた研究分野が新しい分野として特に欧米で注目を集めるようになっています。 ケミカルバイオロジーとは、化学を用いた生物学研 究であり、化合物合成等の化学を用いた実験材料の開発を突破口として生物学研究に取り組む研究です。

研究室の方針

 ケミカルバイオロジーの研究において重要な点は、開発した化学ツールが本当に生物学研究に使うことができるかどうかです。 私たちの研究室では、本当に生物学へ応用できるかどうかというハードルを研究内容に課すことで、新しい研究材料を創り出すことを目指しています。

 近年盛んになっている科学研究の潮流の一つに境界領域研究が挙げられます。これは物理学、化学、生物学などの垣根を取り払った融合研究です。 また近年、 生命科学研究は大きく進歩し、科学研究全体をリードしています。私たちの研究室では化学を基本として、この生命科学研究に取り組もうとしています。 そし て、生命先端工学専攻は物理学、化学、生物学の研究室が集まりこの融合研究を推進するために最適な環境であると考えています。 当研究室で基本となる学問は 化学ですが、必要に応じ生物学や物理学の勉強も行います。 つまり、応用性を見据えることで、複数の分野にまたがる幅広い知識や経験が身に付くと考えていま す。

 本研究室では、研究は自己表現の場であると考えています。 言い換えれば、自分で考えたことを実験して示すことができることが研究生活の醍醐味です。 自分 独自の考えを実践できることが研究を行う大きなモチベーションとなり、生まれてくる結果が一般的なものであればこれ以上の喜びはありません。 もちろん、上手くいくことは多くはないので、へこたれないで常に前向きにものを考えることは重要です。しかし、よく考えて努力をしていれば結果は必ずついてくるものです。 化学を用いた生命科学研究に興味のある方は,是非門戸をたたいてみてください。

研究内容

生体分子機能を解明するプローブ分子の開発

研究内容

   図1.生きたままの生体分子の可視化

 生化学の発展とゲノム解読の進行により生体内での情報伝達物質やその物質を認識する分子が次々と同定されるようになりました。 現在ではポストゲノムと言う言葉が汎用されますが、この時代には、次の目標である生理的条件での機能の解明が重要視されます。 これまでの生物学では、動物を解剖したり、細胞をすりつぶしたりして、生体分子の機能を調べていました。 一方、動物や細胞が生きたまま生体分子の機能を調べることができればより多くの情報が得られると考えられます。 そこで、我々は、ケミカルバイオロジー(Chemical Biology)のアプローチを用いて、この問題に取り組んでいます。 これまで、生体分子の反応を実用的なレベルで捉えるプローブ分子はほとんどなく、今後の検討課題となっていました。 我々は、細胞内分子と特異的に反応して可視化することができるプローブ分子をデザイン・有機合成し、直接生物学研究に応用しています。 言い換えれば、生体内分子と出会うことで蛍光の強さや色が変化する分子やMRIコントラストが変化する分子をデザインします。 つまり、分子をデザインする発想が鍵技術の創製へと繋がると考え、生体内分子の情報を読み取り可能な化学情報へと変換できるプローブ分子の化学合成・開発を目指しています。

具体的には、以下のプロジェクトに取り組んでいます。

生体シグナルを可視化するMRIプローブの開発
研究内容

   図2.19F MRIプローブによる酵素活性の検出原理。

 酵素反応のin vivoでの可視化は、基礎研究のみならず遺伝子治療などの医療応用にも関わる重要な技術であり現在大きな注目を集めています。 しかしながら、現在、酵素反応を個体レベルで検出する実用的なプローブはなくその開発が期待されています。 我々は、動物体内でおこる酵素反応を生きたままMRIにより可視化する技術の開発に取り組んでいます。 MRIは、非侵襲的に生体を可視化する方法のひとつであり、優れた組織コントラストで生体の断層画像が得られるという特徴を持っています。 本プロジェクトでは、特に、MRIの観測核のうち、19Fに着目して研究を行っています。 19Fは、体内には殆ど存在しないため、MRIの観測核として用いた場合バックグラウンドシグナルのないコントラストの高い画像を得ることができます。 我々は、Gd3+錯体の常磁性相互作用を利用して、酵素反応に応じて、19Fシグナルを変化させる原理を構築し、その原理に基づいたプローブの設計・合成に取り組んでいます。
 これまでに、我々は、細胞死の一種であるアポトーシスの制御に関わる酵素カスパーゼの活性を19F MRIにより検出することのできるプローブの創製に成功しています。 カスパーゼの成体での異常は、疾患につながることから、生物学・医学において極めて重要な酵素であります。 図2に示すように、常磁性相互作用により19Fのシグナルを減少させることのできるGd3+錯体を、カスパーゼ切断配列をもつペプチドを介して19F化合物につないだプローブを作製しました。 このプローブは、カスパーゼの酵素反応によりペプチドが切断され、Gd3+錯体が19F化合物から解離した結果、常磁性相互作用が減少し19Fのシグナルが上昇するように設計しています。 実際にMRI画像を撮影したところ、酵素反応に伴いコントラストの上昇を確認できました。本研究は、in vivoでカスパーゼの活性をMRIにより可視化するための基盤技術を提供するものであります。

蛋白質の蛍光ラベル化法の開発
研究内容

   図3.β-ラクタマーゼ変異体タグ(BL-tag)を用いる蛋白質ラベル化システム。


研究内容

   図4.PYPと会合・解離を利用した発蛍光型プローブを用いる蛋白質ラベル化システム。

  蛋白質の生体内における局在や動態、相互作用をリアルタイムで可視化することは、蛋白質の機能を詳細に明らかにするうえで極めて重要とされています。 この技術の代表例は、2008年のノーベル賞受賞対象になった蛍光蛋白質を利用した方法を挙げることができます。蛍光蛋白質は、その名のとおり、蛋白質そのものが蛍光を発する特徴を持っています。 これまでに、蛍光蛋白質を標的とする蛋白質につなぐことにより、様々な蛋白質の生体内における機能が蛍光を利用して明らかにされてきました。 しかしながら、蛍光蛋白質は、厚みのある組織では蛍光を観測することができないなどの弱点を持っていることが分かってきました。 そこで、我々は、蛍光蛋白質に代わる新しい方法として、合成蛍光プローブとそれに特異的に結合する蛋白質を利用して、蛋白質を蛍光ラベル化する技術を開発しています。  この蛍光ラベル化法では、タグとなる蛋白質(タグ蛋白質)を遺伝子工学により融合させた標的蛋白質を細胞内で発現させます。 次に、タグ蛋白質に特異的に結合する蛍光プローブにより、タグ蛋白質を蛍光ラベル化し、その結果、融合させた標的蛋白質を蛍光検出します。 我々は、この方法をさらに発展させて、タグ蛋白質とプローブが結合したときにはじめて蛍光が発する原理を考案しました。 この結果、遊離のプローブの蛍光がないために、洗浄や精製の操作なしに非常に簡単に蛋白質の蛍光ラベル化を識別することができるようになりました。 この方法を発蛍光型ラベル化法と呼び、我々は、二つの異なる発蛍光ラベル化法を開発しました。 一つは、バクテリア由来β-ラクタマーゼの変異体(BLタグ)をタグ蛋白質としたもの(図3)で、もう一つは、紅色硫黄細菌由来Photoactive yellow protein(PYP)をタグ蛋白質としたもの(図4)です。 BLタグを用いた方法では、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)のメカニズムにより蛍光化合物の蛍光を消光させるクエンチャーをプローブに導入し、β-ラクタマーゼ変異体のラベル化に伴いクエンチャーが解離し、蛍光強度が上昇するような標識法を開発しました。 もう一つのPYPタグを用いた方法では、蛍光色素の会合消光・解離の原理に基づき、タグにプローブが結合したとき、蛍光強度が上昇するような標識法を開発しました。 実際に、これらのタグ蛋白質と蛍光プローブの結合に伴い、蛍光強度が上昇することが明らかとなっています。さらに、両手法とも、細胞膜蛋白質の蛍光イメージングに成功しております。 発蛍光型ラベル化法は、蛋白質の動態の詳細な時空間解析を行うのに極めて強力な手法であります。このため、今後、BLタグ及びPYPタグを用いた蛋白質ラベル化法の生命科学研究への応用が期待されます。

酵素反応を検出する長寿命蛍光増大型希土類プローブの開発
研究内容

   図5.希土類プローブの酵素活性の検出原理。

  生体分子の機能を生きたまま読み取る技術として、蛍光イメージングは極めて有用な方法であります。 我々は、希土類錯体の性質に着目し、酵素反応を検出することのできるプローブの開発を行っています。 希土類金属錯体は、長い蛍光寿命をもち、時間分解することにより細胞中に存在する生体分子由来のバックグラウンド蛍光を取り除くことができるという極めて興味深い性質を持っています。  我々は、これまでに、希土類金属錯体プローブを用い、アルツハイマー病などの疾病に深く関わる酵素であるカルパインの活性の検出に成功しました。 図5に示す希土類金属錯体プローブは、希土類錯体とそのアンテナ分子及び、酵素反応部位から構成されています。プローブは、希土類金属錯体の蛍光強度が変化するスイッチ機能を持つように酵素反応部位とアンテナ分子を接続しています。 時間分解蛍光スペクトルを測定すると、酵素反応により、希土類の蛍光強度の上昇を観測することができ、蛍光性の夾雑物の存在下においても、特異的に酵素反応を検出することにも成功しています。 本研究で用いたランタノイド蛍光検出原理を他の酵素の活性検出にも応用することも可能であるため、プローブ開発の観点からも、本原理は、極めて有用であるといえます。